『アジャイルデータモデリング』の訳者になってみたら、大きな学びが得られた話 〜翻訳者振り返りシリーズ第四弾〜
風音屋 (@kazaneya_PR) データエンジニアの濱田(@hrkhjp)です。
このたび、『アジャイルデータモデリング』(原著: 『Agile Data Warehouse Design』)という翻訳本の出版に訳者の一人として関わりました。
本記事では、翻訳者振り返りシリーズ第四弾として以下について振り返りたいと思います。
- 私がどのようにこの翻訳プロジェクトに携わってきたか
- 翻訳プロジェクトに参加した結果、何を得られたか
なお、これまで、翻訳者振り返りシリーズとして、eaさん(@0610Esa)、土川さん(@tvtg_24)、妹尾さんが本書の振り返り記事を書いてくださっています。
もし「第三弾までの記事をまだ読んでいない」という方がいらっしゃれば、ぜひ以下のリンクからお読みいただけますと幸いです。
- 『アジャイルデータモデリング』の発売に際して 〜翻訳者振り返りシリーズ第一弾〜
- 『アジャイルデータモデリング』翻訳で工夫した点とおすすめポイント 〜翻訳者振り返りシリーズ第二弾〜
- 初学者の方におすすめしたい『アジャイルデータモデリング』の読み方 〜翻訳者振り返りシリーズ第三弾〜
プロジェクトとの出会い
以前から「データウェアハウスのデータモデリングについて体系的にまとまった時間を取って学習したい」と個人的に考えていました。その一方で、データ分析向けのデータモデリングについて詳しく学べる日本語の書籍は非常に限られており、私の知る限りでは『データウェアハウス・ツールキット : 多次元データウェアハウス構築の実践手法』くらいしかありませんでした。これは絶版のため入手が難しく、現実的な選択肢とは言い難いです。(後日談ですが、現在は風音屋オフィスにも置いてあり、気軽に読めるようになっています)
データモデリングを体系的に学ぶためには『The Data Warehouse Toolkit: The Definitive Guide to Dimensional Modeling』(『データウェアハウス・ツールキット』の原著)や『Star Schema: The Complete Reference』などの、英語で書かれた分厚い書籍を頑張って読むしかないと思っていました。
そこで、上司であり風音屋代表でもある @yuzutas0 に雑談がてら相談したところ、以下のようなお話をしていただきました。
- ちょうど、データモデリングに関する書籍である『Agile Data Warehouse Design』の翻訳プロジェクトが進行している
- すでに和訳されている部分だけでも読んでみると勉強になるのではないか
- 「Kaizen Hour」(※稼働の20%(週1日)をスキルアップに充てられる制度)を使ってよいので、もしわかりにくい部分があればフィードバックを貰えるとありがたい
私にとっては渡りに船でしたので、さっそく読み始めることにしました。
ブラッシュアップのプロセスへの参加
最初は単純に日本語訳を読むことから始めました。わからない箇所については、まずは自分の知識不足を疑って調べつつ、ひたすら読み進めていきました。それでも理解が難しい部分については、訳者の皆さんに質問や指摘をさせていただきました。質問や指摘をきっかけとして議論が始まり、記述が改善されたり、訳註が追加されたりするなど、どんどん内容がアップデートされていきました。
個人的に印象に残っているのは、このブラッシュアップのプロセスです。専門知識を持つメンバーが集まっているので、技術的な正確性の確認はもちろん行われるのですが、それだけではなく、読者目線でのわかりやすさのチェックや一貫性の確保など、多角的な視点でのレビュー・議論が行われました。
一例を挙げると、これは土川さんの記事でも触れてくださっていますが、「degenerate dimension」の訳語に関する議論は非常に盛り上がりました。「逆ディメンション」「縮退ディメンション」という候補もありましたが、最終的には以下のような理由で「退化ディメンション」が採用されました。
- 「逆ディメンション」という訳語はMicrosoftやOracleといった主要ベンダーのドキュメントで採用されているものの、「何が何の逆なのか?」がよくわからない
- 「縮退」「退化」という単語は「独立したディメンションテーブルを持たない、ファクトテーブルに直接組み込まれたディメンション」という「degenerate dimension」の意味とイメージが合う
- 「縮退」よりは「退化」の方が平易な単語であり、「縮退運転」などの専門用語を知らない読者にとっては「退化」の方がわかりやすい。また、『データウェアハウス・ツールキット』における訳語である「退化次元」と揃えることができる
- 数学においては「degenerate」は「退化」と訳されることが多いが、Kimball Groupの解説から、「degenerate dimension」における「degenerate」が数学的な意味合いを持つことが読み取れる
- Xでアンケートを取ったところ、「退化」について複数の賛同コメントが寄せられた。なお、投票数自体は「縮退」が一番多かったものの、こちらはコメントがなく理由がわからなかった
個人的には「退化ディメンション」が推し案だったので、見本誌に「退化ディメンション」と書いてあるのを実際に目にしたときはちょっと感動しました。
なお、これは余談ですが、Google Docsのコメント数上限に達して、ドキュメントを移行しなければならなくなるアクシデントも何度か発生しました(コメント数に上限があることをこのとき初めて知りました)。それくらい活発にやり取りがなされていました。
訳者への仲間入り
こうしているうちに、私から修正内容を提案し、実際に取り込んでいただく場面も次第に増えてきました。また、「この部分の原文はどうなっているのだろうか?」と興味が湧き、英語の原著と比べながら読むようになりました。気が付けば、自己学習を兼ねて業務時間外でも作業を始めている自分がいました。
そんな中、「もう正式に訳者として参加したらよいのでは?」というお誘いをいただき、定例MTGにも参加するようになりました。定例MTGでは、本の内容以外にも「邦訳のタイトルをどうするか」「挿絵や表紙などを含めたデザインをどうするか」といった出版に関わるテーマに関する議論が繰り広げられ、とても貴重な経験ができたと感じています。
また、翻訳を進めていく中で「この本が書かれた当時はこうだったけれど、現代の技術をベースに考えると……」といった会話がたびたびありましたが、これが非常に勉強になるものでした。特に、データウェアハウス製品の進化は著しく、本に記載されているパターンをそのまま採用しなくても、新機能の利用やコンピューティングリソースによる力技で済んでしまうケースも増えています。ただ単に本を読むだけではわからない、こういった現代のプラクティスを学ぶことで、より一層データモデリングへの理解が深まったと感じています。これは、訳者としてこの本に携わったからこそ得られた経験・学びでした。
なお、これらの内容の一部は、『アジャイルデータモデリング』の「訳者あとがき」に「訳者解説」として収録していますので、ご興味のある方はぜひご一読ください。
おわりに
技術書の翻訳は時間と労力のかかる挑戦でしたが、その過程で得られた専門知識や他の訳者の方々との交流は、貴重な経験となりました。この場をお借りして、本プロジェクトに関わったすべての方々に感謝申し上げます。本当にありがとうございました。
また、この記事を読んだ方々に、技術書の翻訳、あるいは出版に少しでも興味を持っていただけたら幸いです。もし技術書の執筆に関われるような機会があれば、ぜひ前向きに検討してみてください。
最後になりますが、風音屋では、技術書の出版に携わるチャンスがたびたび得られます。著者として、あるいは翻訳者として、技術への理解を深め、知見を広げていきたいという方は、ぜひ応募・カジュアル面談をご検討ください。